ブエノスアイレス午前零時

昨日「ブエノスアイレス午前零時*1」を観劇してきましたので感想をば。一日経った今でも、この舞台のことを精緻に思い出す作業はひどく困難を極むることで、書き出すまでに少々の時間を要しました。けれどわたしは書きます。だって書かないと忘れてしまうし、忘れてしまったらチケット代1万円が無駄になってしまうではないか!遠足はお家に帰るまでが遠足であり、現場はレポを書くまでが現場です!ちなみに席は二階席1列目どセンターでした。両隣はどちらもひとりできていたおじさんでゆっくり観ることができましたやったね!

場内の照明がゆっくりと落とされていくのと反比例して、胸の高鳴りは大きくなるばかりだった。パッとスポットライトがステージ上のある一点を照らし出すと、そこには冬の防寒具を着込んだカザマ(森田剛)が佇んでいた。彼は新潟と福島の県境にある萎びた旅館で働いており、馬鹿の一つ覚えのように掃除と温泉卵をつくることに精を出す青年だ、そうだ。背後から盲目で老耄した女性が話しかける。素性の知れない、ともすれば不気味な老婆の話に気を取られ、夢見心地のような足取りで近づいていくカザマ。この行動は劇中何度も見受けられたもので、ミツコ(原田美枝子瀧本美織)の蠱惑的な性質を如実に表していると思った。 

次の瞬間、物語の舞台はカザマの働く旅館に移り、後日に控えているダンスパーティーの打ち合わせやらを同僚たちが和気あいあいとするのを尻目に黙々と掃除するカザマの姿があった。ダンスホールを有するこの旅館の目玉イベントらしいが乗り気ではないカザマ。話は少し逸れるけれども、旅館の羽織を着た剛くんがかっこよすぎる。羽織ってあんなおしゃれアイテムだったか?と目を疑った。背小さいのに(禁句)スタイルよすぎるでしょう。顔が豆粒ほどしかなかった(気のせいです)。あと場面が切り替わったときにはっとさせられたのが、セットの豪華さです。旅館のフロントのセットが手前、奥にダンスホールのセットが配置されていたのですが、ふたつを隔てるカーテンの模様が細かでうつくしかったです。カーテンの横には障子のような幕があり、ダンスホールの側だけに照明が当てられるとそちら側が透けて見えて、絶妙な雰囲気を醸し出していました。あとは旅館のフロントには似つかわしくない真っ赤なソファが置かれていて最初は疑問だったのですが、のちのちブエノスアイレスでの描写が入ると納得できました。 

原田美枝子演じる老婆ミツコは時折狂ったようにブエノスアイレスのボカの港で過ごした日々をヒステリックに叫び出す。ヘルパーのアルバイトの女の子の宥めにも耳を貸さず、カザマを当時愛していた男ニコラスと勘違いして詰め寄る。兄貴分がボスを殺した罪をかぶって刑務所行きとなったニコラスを釈放するために、多額の借金をした過去を持つミツコは、戸惑うカザマ(戸惑っている本当の理由はミツコがブエノスアイレスの頓狂な話を喚き散らしているから)を見て、まだ自分はニコラスを自由にしてあげられていないのだと嘆く。借金をして返済のために娼婦になり、さらには街から脱出する道をも用意してあげたのにどうして、と。劇中ミツコは何度もブエノスアイレスの描写を細やかにカザマに言って聞かせる。バーの床下には何かが潜んでいて、みんなそれに引きずり込まれないように抗うようにダンスを踊るのだと。無論、田舎の旅館でそんなことを言われても相当想像力が豊かな人でなければ、老婆のただの夢物語として聞き流しておわりだったろうに、カザマはそれに引き込まれていく。いつしか自分が話中のニコラスなのか、現実のカザマなのか分からなくなり、双方の境目が曖昧になっていくごとに、そのズレに困惑する姿に圧倒された。

ブエノスアイレスの場面ではニコラスを演じる剛くん。前述した旅館の羽織を脱ぎ捨てて、黒シャツでバーの下っ端をするニコラスはカザマとはひと味違った色気と哀愁を漂わせていて、わたしは興奮で分泌した唾をごくりと飲み込んだ。彼には、娼婦を買うために客が床にばらまく紙幣を拾い集める日々に対するやるせなさと、自分はこんなところでおわる男じゃないという青い自負が渦巻いていた。ニコラスは店先で倒れていたミツコ(瀧本美織)を一旦保護して、娼婦ではない道を歩ませてあげようと考えていたのだろうけれど、その矢先にミツコはボスの女に任命されてしまう。個人的な感想ですが、娼婦ではないにせよ、いきなり自分の手の届かない位にのし上がってしまったミツコに対しては妬みもあったんじゃないかなと思いました。位が変わってもミツコは深夜にバーを訪れてニコラスと逢瀬を重ねていたのですが、運悪くボスと鉢合わせしてしまい、ボスがニコラスを殺さん勢いで殴っていく。そりゃボスの気持ちも分からなくもないですけど。ニコラスを助けるためにボス酒瓶で殴ってしまうミツコと、 とどめをさすニコラスの兄貴分。その状況から逃げ出すためか、罪をかぶって警察へ出頭すると言って聞かないニコラスが哀れで情けなく映った。出所後にバーに向かうと、ミツコは娼婦のトップとして君臨する"マリア"として第二の人生を歩んでいたわけですが、これは前述した借金のためですね。浮浪者を殴り殺して、彼の持っていたお金でミツコを買って自由にさせてくれと懇願するニコラスを撥ね除けるように「この男はこの金で一時間だけわたしを買ったんだ。それならいいだろう?」と言い放つミツコは、声色も以前と変わっていて野太く冷たくなっていて驚きました。

一時間という制限つきで、バーの二階の一室で二人きりの再会を果たすのですが、そこでマリアことミツコの本来の姿に戻る瞬間が何とも言えない気持ちになりました。演じながら生きている女の生き様とはなんとかなしいことか…と、涙ぐんだのもつかの間、ニコラスがミツコを大胆に押し倒すシーンがあり、目玉が二階席から落ちるかと思いました。

あれ、最前列で観ていた人は生きて帰れたのだろうか。興奮のあまりこのとき一瞬だけ現実世界に引き戻され、抱いてくださいと正直思いましたごめんなさい。ただ、そのあとの美織ちゃんの演技がうつくしくて心を奪われました。剛くんの頬をそっと撫でるしぐさが優しくて、愛情に満ちあふれていて心臓鷲掴みにされました。

後半は旅館とブエノスアイレスの、現実と老婆(ミツコ)の物語の、切り替わる速度がどんどん速くなり、剛くんの演技がまるで電気のスイッチをパチンと押したかのように一瞬で変わっていくさまが凄まじかった。観ているこっちもカザマを観ているのか、ニコラスを観ているのか分からなくなるほどだった。旅館のダンスパーティーと、ブエノスアイレスの腐敗したバーのシーンが混在するステージの構成に、カザマとニコラスの心象を見た気がした。で、そこからの剛くんのスーパーアルゼンチンタンゴタイム。キュッと床を鳴らして、腕を振り上げて、ダンスの動きに入るまでの一挙一動がうつくしすぎてスローモーションのように感じた。突如彼からオーラが溢れ出して、むせ返るような空気を生み出していた。たぶんわたし息してなかった。機敏に、そしてしなやかに動く体に、女の華奢な指と脚が這い、ひとつの芸術作品がつくりあげられる瞬間を目撃した。やはり美織ちゃんは鍛えたのだろうか、背中がとてもきれいだった。原田美枝子さんと美織ちゃんふたりと踊る森田剛が罪深すぎて、毛穴という毛穴からアドレナリンが大放出しました。いい男は罪深い。雪のシーンで舞台は幕を閉じるのですが、またこの雪がとてもきれいなんです。降らしものが照明の光を受けて、きらめきながらはらはらと落ちていく様子は本物の雪さながらでした。

カーテンコールでは拍手に力入れすぎて腕ごともげるかと思いました。剛くんの、いつものちょっとはにかんだような優しい笑顔を見れてわたしは泡を吹きそうになりました。美織ちゃんが笑っているのを見て、照れたように笑った顔も爆裂かわいかったです。

ちなみに今回の舞台で全体を通していちばん心に残った台詞はニコラスの「命を思いきり使いたいんだ!」でした。心臓に鉛の塊が投げつけられたようでした。落雷が脳天を突き刺したようでした。生きます。 

今回カザマを演じる剛くんを見て、生の演技の迫力って声によるところが大きいなと実感しました。カザマのときはぼそぼそと後ろめたさの混じった低く語尾の曖昧な口調を、ニコラスのときは諦めを秘めていて且つ相対する情熱を帯びた声色を、きちんと使い分けていてすごかったです。陳腐な感想ですが、すごいとしか言えないのです。森田剛すごい。もうひとつすごいなと思ったのは、他の人にスポットライトが当たっているときの存在感の消し方。中にはもちろん剛くんの絶大なファンで剛くんしか見えていないという人もいたと思いますが、話に入り込んでいたわたしは、気づけば剛くんを全く見ていない瞬間もありました。存在感、オーラをコントロールしているように感じました。だって森田剛ほどの人間がオーラ消すって相当な技ですよ、そう思いませんか!剛くんの舞台は今回初めて拝見しましたが、"ジャニーズの"森田剛が主演しているというだけで観たら、魂持っていかれますと忠告しておきたい。

*1:カザマとニコラスの二役を森田剛くん、ミツコの現在を原田美枝子さん、ミツコの若かりし頃を瀧本美織ちゃんが演じています